三菱地所グループは2025年度、「長期経営計画2030」の中間地点を迎えています。昨年度の歩みを振り返ると、国内オフィス・商業施設・ホテルの各事業が堅調に推移し、4期連続となる過去最高益を達成しました。オフィス事業では、企業間の人材獲得競争が激化する中、好立地かつ高機能なオフィスへのニーズが高まり、当社の強みを後押ししています。旺盛なインバウンド需要の継続も、商業施設やホテルといったB to C領域の成長を支える追い風となりました。長期経営計画の後半は、これまで進めてきたプライムアセットへの投資が収益回収フェーズを迎えます。グループ会社間の連携を一層強固にし、目標達成に向けて邁進していきます。
こうした順調な歩みの一方で、人手不足や工事費の高騰など、事業推進においてはチャレンジングな局面も続いています。業界全体がサステナブルであり続けるためには、建設会社をはじめとするパートナーが直面するコスト増にも目を向け、当社が時代を先取りした付加価値を提供し、高い収益性を実現することで、その成果をサプライチェーンに還元していく必要があります。環境の変化を所与のものとして受け入れながら、私たち自身がどう変化に応えていくかが問われています。
先行きの見通しにくい状況にあっても、「社会価値向上」と「株主価値向上」を両輪で推進するという私たちの大きな方向性は不変です。昨年5月に発表した「長計経営計画2030 Review」では、サステナビリティビジョン2050で掲げた「Be the Ecosystem Engineers」を経営の軸に、事業とサステナビリティとのさらなる一体化を進めることを明確にしました。1年を経た今も、その決意に揺るぎはありません。
長期経営計画の達成に向け、私たちは「成長」と「効率性の向上」の両立をさらに強化していきます。利益成長やROE向上を目指す中で、「サステナビリティ施策はコストの増加につながるのではないか」という声を受けることもあります。しかし、社会に意義あるものを提供できない企業が、長期的な経済価値を認められることは決してありません。特にまちづくりという長期的な事業を生業とする当社として、将来世代から見て価値あるものを社会に提供していくことこそが、経済価値・株主価値の向上にもつながると確信しています。
私たちは「長計経営計画2030 Review」において、サステナビリティ重要テーマのアップデートを行い、「まち・サービス」「地球環境」「人の尊重」「価値の創造」を「三菱地所グループと社会の持続可能性 4つの重要テーマ」として定めました。特に、まち・サービスに関わるテーマとして「次世代に誇るまちのハードとソフトの追求」を設定したことで、当社のコア事業の推進そのものが社会価値向上の手段であることが、より明確になったと考えています。
それから1年を経て、事業とサステナビリティの融合に向けた動きは、確実に前進しています。各事業グループでは、事業目標と連動した社会価値向上戦略目標の具体化を進めており、取締役会においても、サステナビリティ委員会からの報告を起点とした議論が活発化し、経営の執行にポジティブに働いています。
昨年度より、投資判断を行う経営会議において、事業の社会的意義の論点を加えたことも変化の一つと言えます。とはいえ、私自身も「これは社会価値向上にどうつながるのか」という視点を十分に投げかけられていないこともあり、まだまだ道半ばであるのも事実です。社会価値向上への寄与をどう投資判断に組み込んでいくか、その仕組みづくりの模索を続けています。すべての意思決定において、「なぜこれを行うのか」を問い、サステナビリティの観点からも説得力のある答えを示していけることを目指します。
社会価値と株主価値は、本来、矛盾するものではありません。近年、環境対応が企業に強く求められるようになる以前から、当社は環境に配慮した開発に取り組んできました。さらに遡れば、日本のためにグローバル水準のビジネスセンターをつくろうとする先人たちの熱意と覚悟が、現在の丸の内エリアの礎を築いてきました。そうした135年に及ぶ歴史を受け継ぎながら、私たちは今日も、事業そのものを通じて社会の期待に応えられる存在でありたいと考えます。自然体で営む事業が、結果として社会価値の向上につながっていくという循環を、社員一人ひとりが意識し、それを社会からも認めてもらえる姿を目指していきます。
2024年度には、当社を代表企業とするJV9社で開発を進めてきた「グラングリーン大阪」が先行まちびらき※を迎えました。JR大阪駅前に広がる約4.5haの都市公園を核としたこの開発は、広大な緑地空間のほか、多様な人々やアイデアが集うイノベーション施設などを備え、都市開発による社会価値の創出という点でも意義の大きいプロジェクトです。社会的な注目度も高く、まちづくりの好事例になったと捉えています。9社が参画する複雑な事業スキームの中で、当社はプロジェクトマネジメントやリーシングなど幹事会社として各種機能を担い、対外的にも当社ならではの存在感を示すことができたと考えます。
また、プロジェクトの特徴的な取り組みの一つとして、将来にわたる都市公園の維持管理と、賑わいや価値を生み出す仕組みを持続可能なものにすることを目的に立ち上げた「MIDORIパートナー制度」があります。事業パートナー外の協業者を募り、すでに市民参加型の多様なプログラムが実施されています。複数のプレイヤーとの共創により当社単独では実現できない価値を創出し、その中でリーディングポジションを築いていくビジネスモデルは、「Be the Ecosystem Engineers」を掲げる当社が目指すまちづくりの姿そのものです。
これからも、立場の異なる多様なステークホルダーが共生・共創する「場と仕組み」の提供を通し、まちと当社双方の価値向上を目指します。経済価値と社会価値をともに発揮したEcosystem Engineersとしてのプロジェクトを、今後も国内外のさまざまなエリア・規模で展開し、中核拠点である丸の内エリアや、海外事業で培ってきた知見やネットワークという強みを活かしながら、私たちにしかできない新たなまちづくりのモデルを、次世代に向けて発信していきます。
昨今、サステナビリティをめぐる世界の潮流は複雑さを増しています。とりわけ環境面では、当社がコミットするSBTi(Science Based Targets initiative)などの国際基準において、企業はより具体的で実効性のある取り組みが求められるようになっています。その一方で、エネルギー価格の高騰や供給不足といった現実的な制約のもと、揺り戻しともいえる動きが各地で見られるのも事実です。
こうした中で重要なのは、グローバルな動向を注視しつつも、私たち自身が本質的に何をすべきか、何ができるかを冷静に見極め、持続可能な形で実行していくことだと考えます。最終的な脱炭素という大きなゴールを見据えながらも、各国・各地域の事情に即した多様なアプローチがあってしかるべきでしょう。
特に電力分野は非常に奥が深く、創エネや送電網への接続といった部分では、当社単独で解決できることには限りがあります。だからこそ、豊富な知見を持つ外部パートナーと協働しながら、新しい取り組みを前向きに進めていくことが欠かせません。
また、従来の都市開発は建物の新築が前提になってきましたが、環境負荷の最小化を考えれば、これからのまちづくりでは、リノベーションやコンバージョンなどによる既存ストックの有効活用という視点も重要です。当社は築60年超の大手町ビルの大規模リノベーションのほか、国内外においてリノベーション事業に積極的に取り組んでいます。こうした事業展開は、設計会社を含むグループ各社の専門性と知見を結集した当社ならではの強みでもあります。社会の環境変化は、私たちの価値観や物事の見方を更新する契機でもあり、前向きにチャレンジしていきます。
持続可能なサプライチェーンの構築も、極めて重要なテーマです。人権・環境課題をめぐっては、これまでにも人権デュー・デリジェンスや、建設会社や清掃会社の外国人労働者の方々を対象とした現地ヒアリングなどを重ねてきました。不動産・建設業界のサプライチェーンは、製造業のように資材の調達・生産地が固定されておらず、人材も場所も流動的で、継続的なモニタリングは容易ではありません。特に海外では取り組みのハードルが高くなります。
それでもなお、当社にはリーディングカンパニーとして、こうした課題に向き合い続ける責任があると考えています。できることに一つひとつ着実に取り組んでいき、私たちの働きかけを通じて取引先の意識と行動に変化を促し、持続可能なサプライチェーンの実現へとつながる好循環を生み出すことを目指します。
Diversity, Equity, and Inclusionの推進もまた、企業の本質に関わる取り組みとして重視しています。多様な人材が集まり、それぞれの力が発揮されることで、意思決定の質は高まり、組織の柔軟性や変化への対応力が磨かれます。ジェンダー、年齢、国籍、価値観、障がいの有無など、あらゆる違いを尊重し、誰もが力を発揮できる環境を整えていくことが欠かせません。
ジェンダー平等や女性のエンパワーメントに関するKPIの一つである女性管理職比率については、誰もが働きやすい職場づくりのための風土醸成や、係長級の管理職候補を含む女性の採用強化を続けてきた中で、少しずつ向上してきています。当社は、「女性のエンパワーメント原則」(Women's Empowerment Principles: WEPs)に署名し、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントを経営の軸とすることを表明しています。
最近では若い世代を中心に、キャリアへの考え方も多様化しています。誰もが同じゴールを目指すのではなく、自分の志向に応じたキャリアが描ける環境整備がますます重要になっています。多様な人材が力を発揮できる組織であり続けるため、将来を見据えて既存の人事制度を振り返る必要も感じています。すぐに答えが出る問題ではありませんが、「変わらなければならない」という方向性は明確です。人を想い、人に選ばれる企業であるために、粘り強く前進していきます。
社会が加速度的に変化する中、未来を見通すのは簡単ではありません。20年先、30年先を見据えた議論を進める一方、私自身が最近意識しているのは、「人間の変わらない部分とは何か」という視点です。どれだけテクノロジーが進化しても、人は一人では生きていけず、誰かと接点を持ちながら暮らしていく存在です。コロナ禍を経て、リアルな場での交流が再び注目されているように、人と人が直接会って語らうような時間は、時代を超えて変わらない価値を持ち続けると信じています。
住む場所や働く場所のあり方は、これからも多様化が進むでしょう。「住」と「職」が融合した暮らし方が広がる可能性もありますが、生活のリズムや人との関係性を支える空間ごとの役割は、形を変えながらも残るのではないでしょうか。まちづくりという私たちの仕事は、人の営みのリアルに寄り添いながら、「人を、想う力」「街を、想う力」を高め、時代にふさわしい価値を提供し続けることだと考えています。
「まちづくりを通じた真に価値ある社会の実現」という基本使命のもと、将来の社会そのものを三菱地所がリードして築いていく。そんな気概を持って、チャレンジを重ねていきたいと思います。変化の激しい時代だからこそ、普遍的な人間の価値観に根ざしたまちづくりに取り組み、社会から信頼され続ける企業を目指していきます。