2023年度は、コロナ禍の収束に伴い、人々の生活や産業が平常を取り戻してきた一年となりました。社会が新たなステージへと踏み出す中、私たちを取り巻く事業環境も大きく変化しました。オフィスの使われ方にも変化がありましたが、リアルに空間を共有することの価値が見直され、当社所管ビルは低い空室率で推移しました。一方で、工事費の高騰や人手不足、海外での金利上昇の影響など、事業推進においてはチャレンジングな局面でもありますが、経済活動は全体的に活発化しており、日本社会は長く続いたデフレから脱却しようとしています。安定的なインフレの傾向は不動産会社にとって中長期的に追い風であり、積極的に挑んでいくべき時機だと考えています。
他方、国際情勢は不安定さを増しており、ウクライナやガザ地区では紛争が続いています。世界は分断の時代を迎えており、地政学的リスクにも注視していていかなければなりません。
こうした中、2020年のスタートから4年が経過した「長計経営計画 2030」(以下、「長計」)のレビューを実施し、当社を取り巻く環境の変化を踏まえた戦略のアップデートを行いました。社会価値向上と株主価値向上、2つの戦略目標を両輪で達成するため、サステナビリティビジョン2050で示した当社グループの2050年にありたい姿のスローガン、「Be the Ecosystem Engineers」を両輪の経営の共通基本方針として再整理し、事業とサステナビリティの更なる一体化を進める姿勢を示しました。その上で、株主価値向上戦略においては原点回帰(Return to Basics)を掲げ、当社グループの稼ぐ力の底上げを目指していきます。
社会価値向上戦略においては、2020年に定めたサステナビリティ重要テーマを見直し、「三菱地所グループと社会の持続可能性 4つの重要テーマ」として改めました。「まち・サービス」「地球環境」「人の尊重」「価値の創造」に関わるテーマがその4つです。各テーマにおいて、マテリアリティ、リスクと機会を明らかにし、それに関連する具体的な事業・取り組み例(アウトプット)と、その先に実現する価値(アウトカム)を示しています。
見直しの背景には、社内外のステークホルダーから、「当社のサステナビリティ施策と事業の関係性が見えにくい」、「サステナビリティへの経営資源投下が、株主価値にどう還元されているのか」といったご指摘・ご質問をいただいてきたことがあります。こうした経緯から、今回のレビューでは、当社グループが「なぜサステナビリティに取り組むのか」に立ち返りその意義を再検証しましたが、その結果はシンプルに「サステナビリティへの取り組みが、当社グループの持続的成長に不可欠との点に尽きる」というものでした。
事業とサステナビリティの一体化に向けて鍵となるのが、「次世代に向けて価値あるものを提供していく」という視点です。まちづくりとは、その性質上、次世代に残していくものであり、サステナビリティを考える時間軸は一段と長くなります。開発中はもちろんのこと、完成した建物を人々が利用し続ける期間、そしていつかその建物がなくなった後も街の歴史として残り、次世代の礎となります。社会インフラを提供するという責任・インパクトを、私たちは一層意識し、次世代に心から誇れるような、責任ある事業・行動をしていかなければなりません。裏を返せば、次世代に評価される事業の継続こそが、当社グループの持続的な成長に不可欠と言えます。
私は社会価値と株主価値は全く矛盾するものではないと確信しています。まちづくりの会社として、社会で認められなければ経済的にも成り立ちません。私たちの基本使命である「まちづくりを通じた真に価値ある社会の実現」は、まさにこれら2つの価値を結びつけたものであり、魅力あるまちづくりを通じて社会の価値を高めることが、結果として当社グループの成長にもつながっていきます。それは決して特別なことではなく、当社のDNAとしてこれまでも自ずと実行してきたことであり、今回の重要テーマの見直しは、当社グループのコア事業であるまちづくりの中に社会価値の創出があることを再認識したプロセスとなりました。特に、まち・サービスに関わるテーマとして「次世代に誇るまちのハードとソフトの追求」を設定したことで、まちづくりとサステナビリティとの親和性を明確にできたと考えています。
一方、社内の意思決定においては未だ経済価値・株主価値中心の議論となりがちな中、社会価値向上戦略の加速にあたっては、「4つのサステナビリティ重要テーマはあくまで事業の延長線上にある」という理解の促進が不可欠です。当社グループでは様々な部門で多様な従業員が働いており、これまで自身が関わる業務とサステナビリティとの関係を捉えにくい従業員も多かったと思います。しかし、開発から運営管理、不動産仲介、投資マネジメントまで、あらゆる事業が社会価値向上戦略と結びついています。まずは、グループの全役職員が「自分の日々の取り組みはサステナビリティに貢献している」と腹落ちできるよう働きかけを行いつつ、それを土台に、株主・投資家の皆さまを含めた社外のステークホルダーにも理解を求めていく方針です。
各事業の年次計画では、事業目標とサステナビリティ目標の一体化に向けてすでに動き出しています。経営会議においても、その事業が社会価値向上にどのように寄与するかも踏まえた、新たな投資判断のための仕掛けづくりを模索しているところです。また取締役会では、サステナビリティ委員会からの報告を起点に、更なるサステナビリティ施策の深化に向けた議論も活発に行われています。
事業環境は常に変化し、社会からの要請も複雑化・高度化しています。私たちが「長計」を達成し、社会とともに持続的に成長していくためには、そのような要請に敏感に対応して事業の幅を広げ、外部の方々の力を積極的に得ていくことも重要です。
サステナビリティビジョン2050で掲げる「Ecosystem Engineers」は、共生・共創を土台にした概念です。私たちがありたい姿として描くのは「立場の異なるあらゆる個人・企業などが持続的に共生関係を構築できる場と仕組みを提供する企業」です。そもそもまちづくりは、私たちだけで完結する事業ではなく、他の地権者や施工会社、テナント、地域社会など、幅広い人々と一緒になって取り組み、初めて形になるものです。不動産や街の価値を高めるために、どのようなパートナーシップが求められているかを絶えず考え続ける必要があります。
近年、スタートアップとの共創に注力するのもそのひとつです。多様な支援プログラムを通じ、現在、丸の内(大手町・丸の内・有楽町)エリアには約200社のスタートアップに入居いただいています。スタートアップを誘致し、各社が成長を図る中で、スタートアップ間の連携やスタートアップと大企業の連携を進め、また当社事業との有機的連携にもチャレンジする等、オープンイノベーションの創出を目指しています。また、大学や海外の研究機関などアカデミアとの連携も増えており、いろいろなアーティストとの協働による街の活性化にも取り組んでいます。従来のビジネスとは異なる視点を与えてくれる、新たなステークホルダーとの交流を大切にしたいと思っています。
昨今、AIなどの技術が急激に進化する中ではありますが、全ての事業を支えるのは「人」に他ならず、あらためて人財の重要性を感じています。「長計」を達成し、さらにその先を目指していくためには、三菱地所グループの従業員一人ひとりが、異なる能力を最大限に発揮できるような環境づくりが不可欠です。それぞれが個性を持った人間であり、皆が同じ考えとなる必要はありません。従業員には自分自身を大切にしながら、周囲の人も尊重しつつ、自己成長を続けてほしいと願っています。
Ecosystem Engineersとして、立場の異なる人々と協働する以上、コミュニケーションは何より大切です。私も米国赴任中には多くの課題に直面し、「言わなくてもわかる」が通じないのはもちろん、「言っても簡単には伝わらない」という前提に立つ必要性すら感じました。だからこそ対話を重視し、自分も相手も大事にできるよう、総合的な人間力を高めていくことが肝要であり、それがグループ全体の成長力につながっていくと考えています。
グローバルでの価値提供を考えれば、人財のダイバーシティの重みも増してきます。人事制度は性別・国籍・文化的背景などを超えた多様な人財に活躍してもらえるように設計する必要があります。また近年では開発やDXなどの特定分野で専門人財の採用も進めており、評価の仕組みも多様化に適応したものである必要があります。
ジェンダーをめぐっては、女性管理職比率向上などによりスピード感を持って取り組みたい一方、積み上げられてきた現状とのギャップがあるのも正直なところです。改革推進に向けては、いかに役職員全員が本心からジェンダー平等に納得し、理解するかが課題と感じています。その中で2024年2月、国内のデベロッパーとして初となる「女性のエンパワーメント原則」(Women's Empowerment Principles: WEPs)への署名による、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントを経営の軸とすることへの表明は、改革推進に向けて自分自身の背中を押す意味合いもありました。
環境課題などサステナビリティに関しては、若い世代の方が意識高いとの傾向を感じており、若手の声に積極的に耳を傾けていきたいと思っています。経営側からは社内の風通しを一層高めていくように努め、同時に従業員もまた臆せず声を上げてほしいと思っています。人財の多様化が進まない企業は変化を乗り越えることができません。強い覚悟でダイバーシティを推進していきます。
未来に向けて、「不動産会社といえば三菱地所グループ」と言われるような確固たるプレゼンスをグローバルに示していきたいと考えています。事業の特性上、さまざまな「場」を持つのは私たちの強みであり、これを活用しながら、Ecosystem Engineersとして多様なパートナーと共創を続けていきます。三菱地所グループは不動産会社ですが、すでにその事業はあらゆる周辺領域に拡がっており、幅広い価値提供の可能性があります。
アップデートした「長計」並びにサステナビリティ重要テーマのもと、当社グループは事業のレベルを上げ、次世代に向けた社会価値向上を実現していきます。ステークホルダーの皆さまには、当社の取り組みにご期待いただき、忌憚ないご意見をお寄せいただきたいと思います。ステークホルダーの皆さまとのコミュニケーションを深めながら、当社グループは基本使命である「まちづくりを通じた真に価値ある社会の実現」に向けて、信頼され続ける企業グループとして着実に歩んでまいります。